福島地方裁判所 昭和26年(行)6号 判決
原告 羽根田市治
被告 福島県教育委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告が、昭和二十五年七月三十一日原告に対してした懲戒免職の処分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
原告は、福島県公立学校の教員であつたが、被告は、昭和二十五年七月三十一日原告が伊達郡藤田町立藤田中学校長として在職している間に次のような所為があつたとして、原告を懲戒免職の処分に付した。
すなわち、「原告は、(一)昭和二十三年二月藤田中学校と藤田青年学校共催の演芸会に際し、来会者より受けた祝金金二千円を横領し、(二)昭和二十三年四月藤田中学校教員岡田菊男の承認を受けずに印判店から岡田と刻んだ認印を買い受け、これを不正に使用し、又は不正に使用させ、(三)伊達地方事務所から受領した昭和二十六年五月から昭和二十六年八月までの岡田の俸給金九千四百七十五円七十銭を横領し、(四)昭和二十三年九月十八日藤田中学校教員泰至子の退職願進達に当り、同人の意に反して同人名義の退職願書を作り、その名下に秦所有の認印を盗用押捺し、この文書を行使し、(五)昭和二十三年十一月十九日行使の目的で、藤田中学校事務員に命じ、同校教員松浦幸一名義の旅費受領書を偽造せしめ、これを行使し、(六)昭和二十五年十一月十九日前記岡田が、退職の希望をもつていないのに、勝手に、同人が退職を希望している趣旨の異動に関する希望書一通を作成し、その名下に同人の認印を押印し、この文書を行使し、(七)昭和二十五年一月二十日校長の地位を利用し用紙を、部下教員にあつ旋するに当り、価格を偽り、部下教員から金八百五十円を騙取した。」というのである。
原告は、右処分を不服として昭和二十五年十一月十六日審査を請求したが、被告は、昭和二十六年三月二十八日原告の請求を理由なし、と判定し、その判定書を昭和二十六年四月四日原告に送達した。
しかしながら、右(一)ないし(七)の事実は、被告が誤認したものであり、その実情は、次のとおりである。(一)の横領について。祝金の性質も、その保管責任者が、何人であるかも不明であり、もとより原告が、これを不法に領得した事実はない。(二)の印章不正使用について。岡田は、原告の縁辺に当り、原告の尽力で昭和二十三年三月三十一日藤田中学校に奉職することになつたものである。ところが、岡田は、昭和二十三年四月に群馬県から赴任してきたものの、すぐに群馬県へ帰つてしまつた。原告は、職責上、又、岡田のため、同人の不在中の俸給を受領保管しようと思い、同人の承諾を予知して、その認印を買い、会計係に渡し、俸給を受領するに際し、これを使用させた。かような行為は、たんなる事務管理にすぎない。(三)の横領について。原告は、右岡田に交付すべき昭和二十三年五月から八月までの俸給を藤田中学校事務員平形応之助から受け取り、保管していたが、岡田が長期間欠席していることについて、関係筋の了解を得るための費用に、右金員を充当した。この事については、岡田が、後に登校するようになつてから、承諾を得ている。(四)の文書偽造について。秦は、昭和二十三年九月十九日原告の下に同月十五日附の退職願を提出した。原告は、同人が、日給者なので、同人の利益のため、これを同月三十日附に改めるように秦にすすめた。秦は、後日原告申出どおりの退職願書を提出することを約して帰つた。ところが、同人は、その後、数日を経てもこれを提出しないので、原告は、やむなく、同人名義の退職願を作成し、これを進達したのである。現に秦は、同月分の俸給全額を受けているのである。(五)の文書偽造行使について、この点については、原告は、全く関知しない。(六)の文書偽造行使について。異動に干する希望書の提出期限は、昭和二十五年一月十八日であつたが、当時前記岡田は、無断で欠席していた。同月十五日ころ職員会議を開き、同人の在職の可否につき、投票が行われた。すると、岡田の異動を希望するものが多数を占めた。加えて、岡田は、かねてから原告に退職したいともらしており、職員室にある同人の机からも、辞職願の書面が発見されたりした。そこで、原告は、岡田の意思を推測し、同人のため、本件岡田名義の異動希望書を作成提出したのである。後に、岡田が、登校し、同人に退職の意思のないことがわかると、原告は、すぐに右の希望書を撤回する手続をした。従つて、この点も不正行為ということはできない。(七)の詐欺について。なるほど、原告は、紙を一〆三百五十円で売つたが、その際、何等欺罔手段をろうしていないし、その利益金も、すべて学校干係の費用に充てている。
要するに、原告の所為は、犯罪とならないばかりでなく、不正行為ということもできない。しかるに、被告は、原告に、釈明反証提起の機会を全く与えずに、誤つた認定をしたのであり、従つて、本件処分は違法である。
更に、公務員を懲戒免職の処分にするには、その公務員が起訴され、又は、その刑事々件について有罪判決を言い渡された場合でなければならないのに、原告は、前記所為について搜査を受けた結果起訴猶予の処分を受けたにすぎない。又、仮に、原告の前記所為が懲戒事由になるにしても免職の処分は、重きに失する。
以上のとおり、本件懲戒免職の処分は、違法であるから、原告は、その取消を求めるため本訴に及んだものである。
と述べた。(証拠省略)
被告代理人等は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は、原告の負担とする、との判決を求め、原告主張の事実中、原告が、福島県公立学校の教員であつたこと、被告が、昭和二十五年七月三十一日原告が、福島県伊達郡藤田町立藤田中学校長として在職中、その主張のような(一)ないし(七)の所為があつたことを認めて、原告を懲戒免職の処分に付したこと、原告が、その主張のように審査の請求をしたが、被告は昭和二十六年三月二十八日これを棄却し、その判定書を昭和二十六年四月四日原告に送達したと及び原告が、その主張のように起訴猶予処分を受けたことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実は、これを争う。
被告が、本件処分の理由として掲げた(一)ないし(七)の事実は、措辞必しも当を得ているとはいえないし、中には犯罪として成立し得ないものがあるかもしれない。しかし、本件処分は、教育公務員特例法第三十三条、同施行令第九条、地方自治法第百七十二条、同附則第五条、都道府県職員委員会に関する政令第一条、第三条、福島県職員委員会規則第一条の規定により官吏懲戒令第三条の規定を準用して行われたものであり、しかも、原告に前記(一)ないし(七)のような犯罪若しくは、犯罪類似の不正行為のあつたことは明らかであるから、多少の認定の誤により本件処分を違法ということはできない。なお又、原告の審査の請求に対し、被告は、昭和二十六年一月十三日口頭審理を開く旨原告に通知をしたが、原告は、当日出席しなかつたものである、と述べた。(証拠省略)
三、理 由
原告が、福島県伊達郡藤田町立藤田中学校長をしていたところ、被告が、原告にその主張のような行為があつたとして、昭和二十五年七月三日原告を懲戒免職の処分に付したことは、当事者間に争がない。
そこでまず、本件懲戒事由の存否について判断する。
(一)乙第四号証の十五、十六、十七、二十一、二十七、三十七、四十三、四十六及び証人安藤玉井の証言を総合すると、昭和二十三年二月ころ藤田中学校と藤田青年学校の共同主催により学芸会が行われ、当日の来会者から合計約三千七百円の寄付金を受け、原告は、その折の諸費用を除いた約二千円を自己に保管し、藤田中学校の教員等に対しては、これを学級費の助成金として各教員に分配すると言明しながら、そのころ、独断で右保管金を学校干係の諸費用に充当し、教員等に対し事後においても、何等了解を求める等の措置を取らなかつたことを認めることができる。右認定に反する原告本人の供述は信用しないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(二)乙第四号証の二、八、九、十、十一、二十二、四十二、四十五、四十七、第五、七、八号各証、原告本人の供述により真正に成立したと認める甲第二、三号証、本件弁論の全趣旨により真正に成立したと認める第五号証の一、二、第六号証及び証人安藤玉井、浦井芳蔵の各証言を総合すると、原告の縁辺に当る岡田菊男は、昭和二十三年三月三十一日附で藤田中学校の教員となり、昭和二十三年五月十二日ころ当時の住居地である群馬県から赴任したが、一身上の都合で同月十九日ころ再び群馬県え帰り、同月二十八日ころ原告に対し書面で退職の意思を表示したが、その間原告は、昭和二十三年四月伊達郡桑折町印判店から岡田と刻んだ木製有合印一箇を買い受け、同月二十日ころ同校職員室で、会計係横井玉井に対し、この認印を用いて岡田の俸給を受領するよう指示したこと、横井は、右認印の使用について、原告が、岡田から承諾を得ていないことを知らないで、昭和二十三年四月からすくなくとも昭和二十三年八月まで、毎月俸給日毎に、右認印を使用して岡田名義の俸給請求書を作成し、これを福島県伊達地方事務所に提出していたこと、又、原告は、昭和二十三年中ほしいまゝに岡田の出欠の有無を証明する藤田中学校備付の出勤簿の昭和二十三年四月十二日以降昭和二十三年六月十八日に該当する各欄(休日を除く)に、前記認印を押捺したことを認めることができる。原告は、(イ)職責上右認印を使用する必要に迫まられ(ロ)その使用について岡田の承諾を予知し(ハ)事後岡田の承諾を得た、と主張するが、(イ)他人の認印を、その承諾なくして使用する根拠はないし、(ロ)又その承諾を予知すると否とを否わず、かゝる行為により公の信用を害するおそれのあることはいうをまたないし、(ハ)加えて、岡田の承諾を得たという主張にそう乙第四号証の九、二十一、四十二、の各記載証人羽根田まきの証言及原告本人の供述は、いずれも証人岡田菊男の証言に徴し信用しがたい。
(三)乙第四号証の二、四、五、六、七、八、十、十二、十三、十八、二十二、四十一、四十四、四十五、証人平形応之助、岡田菊男、浦井芳蔵の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、右岡田は、昭和二十三年九月四日ころ、再び群馬県から、藤田に赴任し、じ来藤田中学校に勤務するようになつたが、これよりさき、原告は、昭和二十三年八月末ころ、同校事務官平形応之助から、同人が保管していた、岡田に支給すべき昭和二十三年五月分ないし八月分の俸給計金九千四百七十五円七十銭を受け取り、これを保管していたところ、そのころこれを勝手に費消したことを認めることができる。原告は、岡田のために、費消したのであり、又、後にその承諾を得たと主張するが、この主張にそう乙第四号証の二十一、四十、四十三の各記載は、信用しがたい。
(四)乙第四号証の十六、三十五、三十六、四十三、四十六、四十七、証人安藤玉井、斎藤一男の各証言を総合すると、原告は、昭和二十三年九月中旬ころ藤田中学校教諭秦至子から同月十九日附の書面で退職の申出を受け、これを受理しながら、そのころ、ほしいまゝに、同校職員室において、美濃半紙一葉に毛筆で、その日附を昭和二十三年九月三十一日とした他、すべて右書面と同文の退職願を書き、秦至子名下に秦が、かねて前記横井玉井に預けておいた認印を押捺し、そのころこの書面を上司に進達したことを認めることができる。原告は、秦の利益のために右書面を作成したと主張するが、この主張にそう乙第四号証の三十七、四十三の各記載及び原告本人の供述は、乙第四号証の十六、三十五、四十六、四十七に徴し信用しがたい。
(五)原告が、松浦幸一名義の旅費受領書を偽造させたとの点は、これを認めしめるに足る証拠はない。
(六)乙第四号証の二、九、十、十八、二十、四十二、四十五、四十九及び証人岡田菊男、斎藤一男の各証言によると、前記岡田は、昭和二十五年一月十一日ころ原告と口論の末、無断で群馬県に、帰郷したところ、原告は、岡田が退職するであろうと臆測し、同月十四日職員室において、たまたま教職員の異動に干する資料とするため被告委員会から配付されていた「異動に干する希望書」と題する調書用紙一葉に、ガラスペンで、その学校名欄に藤田中学校、職氏名欄に教諭岡田菊男、性別年令欄に男、希望事項欄中退職の上に丸印、理由欄に上級学校入学のため(三月三十一日)とそれぞれ記入し、岡田菊男名下に、横井玉井に保管させていた前記認印を押捺し、同月十五日この書面を伊達郡桑折町被告委員会伊達出張所の係員に交付したことを認めることができる。右認定に反する乙第四号証の九、四十三、の各記載部分及び原告本の人供述部分は、信用しがたく、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(七)乙第四号証の二十八、二十九、三十、三十一、三十二、三十三、三十四、三十七、三十八、四十三、四十七、四十八及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和二十五年一月十日ころ福島県学校購売利用組合から雑用紙一〆金二百五十円の割合で十〆を買い受け、この内八〆を、同月二十日ころ部下教員数名にその原価を明かさないで、一〆金三百五十円の割合で売り渡したことを認めることができる。右認定に反する証拠はない。
被告が認定した本件懲戒事由は、少しく抽象的に失する憾がある上に、その(五)については、これを認めしめるに足る証拠なく、又、その余の点についても、これを刑罰法規に照らせば、罪とならないもののあることは右認定からして明らかである。しかし、教員公務員に対する懲戒処分は、当時施行されていた、教員公務員特例法第十五条同施行令第九条、地方自治法附則第五条の規定により、官吏懲戒令第二条の規定に則り行わるべきものであるから、懲戒権者の事実認定に多少の誤があつたとしても、その認定と基本的に同一性を有する事実干係が、懲戒事由に当る限り、かゝる誤認は、懲戒処分そのものを違法ならしめるものではないと解するのが相当である。右認定の原告の各所為は、全体として、校内の教育行政全般の統轄者たる校長の威厳を損じ、又は、信用を失わしめるものたるを妨げない。現に、藤田中学校の当時の教員達は、原告に対する不信の念を示し、両者の間にかなり烈しいあつれきを生じ、校内の秩序も乱れていたことは、本件弁論の全趣旨を通じ推認するにかたくない。
原告は、「被告は、本件処分をするに当り、原告に釈明、反証提起の機会を与えなかつた。又、懲戒免職の処分をするには、被懲戒者が、その懲戒事由について起訴され、若しくは、有罪の判決を受けた場合でなければならないのに、原告は、不起訴処分を受けたのであるから、本件懲戒処分は違法である。」と主張するが、かゝる主張を肯認すべき何等の根拠もなく、又、原告の審査の請求に対して、被告が、口頭審理を行う旨原告に通知しているのに、その当日原告が、出頭しなかつたことは、本件弁論の全趣旨に徴し明らかであるから、右主張は採用の限でない。
次に、原告は、「本件懲戒免職の処分は、重きに失する。」と主張するが、本件にあらわれた一切の事情を勘案しても、本件懲戒免職の処分が、相当性を欠くものとは認めがたいから、右主張も採用できない。
そうすると、被告のした本件懲戒免職の処分は、原告主張のような違法のかどはないから、原告の本訴請求は、失当として、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 西川正世 篠原弘志)